「お嬢ちゃん、こんな所を一人で歩くとは、俺達に捕まえて欲しいって言っているもんだぜ」
 スタンレー周辺の森を歩いていたサユリは、突如として現れた野盗共に回り囲まれた。そこには何故かマイの姿が見当たらなかった。
「はぇ?ひょっとして貴方達はこの辺りを騒がせている野盗の方々でしょうか〜?」
「まあ、そんな所だ。大人しく俺等に捕まるんだな!」
「だそうです、マイ!」
「地を這う棘よ、その切っ先にてかの者等の動きを封じん!ソーンバインド!!」
「な、何ぃ〜!」
 あさっての方向にサユリがマイの名を呼びかけたと思うと、どこからともなく蒼龍術ソーンバインドを唱えるマイの声が聞こえた。思いも寄らぬ所から現れた魔法の棘に、野盗達は具体的な対策を取る間もなく捕えられてしまった。
「パササッ」
 そして次の瞬間、サユリの側で赤い羽が舞い降り、マイが姿を現わした。
「サユリ、作戦は成功ね…」
「ええ。フェザーシールでマイの姿を隠し、サユリが囮になって野盗を油断させ姿を隠したマイが野盗を捕える作戦でしたけど、こうも上手く行くとは思いもよりませんでしたわ」
「くっ、くっそ〜。大の男が小娘共に舐められたままで終わらせるものか〜!」
 一人の野盗が男のメンツを保とうとするかの様にソーンバインドを破り、二人に襲いかかった!
「みね打ち!!」
「ぐわっ!」
 だが、素早い動きで迎撃に当るマイの大剣技みね打ちにより、あえなく気絶させられてしまった。
「さて、貴方達のアジトの場所を教えていただきましょうか?」
 サユリが捕縛した一人の野盗に近寄り、アジトの場所を聞き出そうとした。
「くっ!だれが教えるものか」
「そうですか、では仕方がありません…マインドステア!!」
 正攻法では口を開かないだろうと思ったサユリは、腰に掲げたフルーレを取り出し、小剣技マインドステアを野盗に向けて放った!
「う、うわわ〜」
 高速回転するフルーレにより野盗は一種の混乱状態に陥り、幻聴に苛まれながら悲鳴を上げた。
「さあ、これ以上苦しみたくなかったならば、アジトの場所を教えて下さい!」
「わ、分かった、喋る…。俺達のアジトはスタンレーの近くの山中だ!」
 精神的な苦痛に堪えられなかった野盗は、あっさりとアジトの場所を漏らした。
「スタンレーの近くの山中…。そんなに遠くではないわね」
「サユリ、他の野盗達はどうする…?」
「そうね。今はアジトに赴くのが先決ですし、とりあえずマイのナップで眠らせてから近くの木に縛り付けておけば良いと思うわ」
「分かった…。風が運びし花の香りよ、我に立ち向かいし荒ぶる者共に暫しの安らぎを与えん!ナップ!!」
 マイはサユリの言う通りに蒼龍術ナップと唱え、野盗達を深い眠りへと誘った。そしてその後、二人は協力して野盗共を近くの木々に縛り付けた。
「これでよし…。けどサユリ、このままだとモンスターに襲われるかもしれない…」
「それもそうね。じゃあサユリがフェザーシールを唱えてこの方々の姿を隠しておくわ。
 舞い散る火花の羽よ、その羽毛にてかの者の姿を覆わん!フェザーシール!!」
 サユリが朱鳥術フェザーシールを唱えた事により、野盗共は火花の羽に姿を隠された。
「これでよし。じゃあ向かいましょ、野盗のアジトへ!」
「うん…!」



SaGa−18「野盗の巣窟」


「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん…」
「う…ううん…」
 野盗に拉致され、そのアジトで捕われの身となっていたシオリは、自分を呼びかける男の声に目を覚ました。
「よお、お嬢ちゃん気が付いたかい?」
「ここはどこ…あなたは誰…」
 目を覚ますと、目の前には見知らぬ男が立ち尽くしていた。目覚めたばかりで自分の置かれている状況が把握出来ないシオリは、自分を呼びかけていた男に声をかけた。
「しっ、大きな声を立てないように…。ここは最近ファルス、スタンレー周辺で盗みを働いている野盗のアジトだ。そして俺の名はオリビエ=ポプランだ」
「ポプランさん…」
「ああ。ちょっと待ってな、今足の鎖を切ってやるからな」
「ガキーン!」
 鎖によって洞窟の地面と繋がれていた足枷を、ポプランは長剣で切断した。
「どうもありがとうございます。でもどうして私を助けるんです?ポプランさんは野盗の仲間ではないんですか?」
「フッ、何を隠そう俺は全世界の女性の味方オリベエ=ポプラン様だ!育ちの村を飛び出て旅をしている最中、ここをアジトにしている野盗共が女性を拉致しているという噂を聞き付け、全世界の女性の味方を自称している俺としては放って置けなくて、こうして野盗の隙を見付けては捕われた女性を助け出しているのさ!」
「は、はぁ…」
 全世界の女性の味方という表現に多少引きはしたが、シオリはそれ程悪い人だとは思わなかった。自信家の嫌いがあるが、それでも女性を助けているというのには勇気があって素敵な事だと思うし、何より育ちの村を飛び出して旅をしているというのに共感が持てたからだった。
「ともかく見付かるとマズイから、早く脱出するぞ!」
「は、はい!」
 先導するポプランに従い、シオリは洞窟の出口を目指した。
「いたぞ!ポプランだ!」
「ちっ、野盗共が殆ど出払っている時を狙って侵入したっていうのに、見付かっちまったか!」
 外の光が見え後少しで洞窟の出口という所で、シオリとポプランは洞窟に残っていた野盗に見付かってしまった。
「入り口まで走るぞ、お嬢ちゃん!」
「はい!」
「おっと、そう易々と逃しはしないぜ!」
 ところが、ちょうど洞窟に帰還した野盗が目の前に立ちつくし、シオリ達は回り囲まれてしまった。
「あちゃあ〜、まさか出払っていた他の連中が戻って来るとは、タイミングが悪過ぎるぜ…」
「大丈夫です…。大地よ、我が呼び掛けによりその激震を呼び覚ませ!クラック!!」
 回り囲まれた状況でも焦らずに精神を集中させ、シオリは白虎術クラックを唱えた!
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!」
「うわっ、急に足元が揺れ始めたぞ!」
 突然揺れ出す地面に野盗達は足元をすくわれた。
「まだまだです!我等に恵みを与えし大地よ、その恵みの力を強靭たる石の塊と変え、かの者に一撃を与えん!ストーンバレット!!」
 すかさず今度は白虎術ストーンバレットを前方の野盗に向けて唱え出した!
「ヒュウウ〜ドガガッ!ドガガッ!ドガガッ!」
 周りが岩石で作られている洞窟であることから複数の石が宙を舞い、前方の野盗全てに命中した。それを食らった野盗共は、その一撃により皆々が気絶してしまった。
「さっ、今の内に脱出しましょ!」
「あ、ああ…」
 可愛い顔して大胆な行動をするシオリに一瞬唖然したポプランと共に、シオリは野盗の巣窟からの脱出に成功したのだった。



「ここまで来れば大丈夫ですね」
「ああ。そういやまだお嬢ちゃんの名前を聞いていなかったな。何ていう名前なんだい?」
 洞窟から脱出し1キロ程走った所で二人は足を止めた。その場でポプランはまだシオリの名を聞いていないことを思い出し、シオリに名を訊ねた。
「シオリって言います」
「シオリちゃんか。なかなか可愛い名だな」
「お世辞を言っても何も出ませんよ。でも、助けてもらったことですし、その事に関しては何かお礼をしなくてはなりませんね」
「いやいや、その後俺もシオリちゃんに助けてもらったようなもんだし、帳消しってことで何もいらないぜ」
「そうですか」
 本当は何か貰ってもよい所だったが、自分自身シオリにあげられるような物を持ち合わせていないので、ポプランは帳消しという方向に話を持って行ったのだった。
「ガサガサッ!」
「クッ、他の野盗共が戻って来たのか!?」
 他愛ない会釈を交わしている所、近くの草叢から何かが動き出した音が聞こえ、二人は身構えた。
『シオリ!』
「お姉ちゃん!それにユリアンさん!?」
 何と草叢から現れたのは、シオリを追って野盗のアジトを探していたカオリとユリアンだった。
「シオリ、無事だったのね…良かった…」
 無事なシオリの姿を確認出来た事にカオリは安堵し、その顔は安堵感から来る少し涙目の笑顔で満たされていた。
「ええ。このポプランさんに助けられて…」
 シオリはポプランに助けられ野盗の巣窟から脱出するまでの経緯を、カオリとユリアンに話した。
「そう…。どうもありがとうポプランさん。私はシオリの姉のカオリよ」
「いえいえ、シオリ嬢のお姉様。私は世を生きる男性の一人として当然の行為をしたまでです」
 ポプランはカオリの間の前で右腕を胸元に掲げながら礼をし、さながら紳士の挨拶の様であった。
「それはそうと、お姉様。こうして出会えたのも何かの縁、つきましてはお姉様の住所、血液型、その他スリーサイズなどを…」
「ガスッ!」
「ぐはっ!」
 ポプランの態度が気に入らなかったのか、カオリは突然ポプランの腹に肘内を食らわせた。
「はいはい。シオリを助けてくれたことには感謝するけど、そういう女たらしな態度の男の人、私はあんまり好きじゃないのよ」
「痛ててて…。シオリちゃんのお姉さんだから、礼節をわきまえた人だと思ったが、随分と乱暴な人だな…」
「あの、ポプランさん?私の時と明らかに態度が違う気がしますが…?」
 カオリを目の前にしてポプランの態度がガラリと変わった事にシオリは違和感を覚え、ポプランに訊ねた。
「それはだな。端からお子様なシオリちゃんは俺の守備範囲外で、お姉様はビンゴ好みのタイプだったからだ」
「そんな事言う人嫌いです…」
 シオリ自身自分は子供っぽくって姉は大人びているという認識は持っていたが、他人から子供っぽいと言われるのはいい気分ではなかった。
「それよりも、ユリアン。どうしてお姉ちゃんと一緒にいるの?」
 話題を変え、シオリは何故姉と一緒にいるのかとユリアンに訊ねた。
「うん。以前陸路でランスを目指してるってシオリに言ったよね?それで陸伝いにランスを目指す途中でスタンレーに寄ったら近くに野盗が出るって話を聞いて、正義感にかられてっていうか、とにかく野盗を何とかしなくちゃいけないって思ってね」
「へぇ〜。ユリアンって普段は大人しそうだけど、やっぱり正義感に溢れてたりするのね」
「ははっ。それは言い過ぎだよシオリ」
「成程。シオリもなかなかやるわね…」
 親しみある感じに話しているシオリとユリアンの姿を見て、カオリが意味深な台詞を呟いた。
「えっ!?お姉ちゃんったら、私とユリアンは恋人とかそんな関係じゃ…」
「そうですよ、カオリさん。僕とシオリはちょっとした知り合いとかそんな感じで、決して恋人とかそういった関係じゃ…」
「あら?私は”二人が恋人みたいだ”だなんて一言も言ってないわよ?」
『あっ!』
 カオリの台詞を飛躍して解釈してしまった事に、シオリとユリアンは同時に声を上げながら気恥ずかしさが表に出た顔をした。
「でもその反応じゃ、まんざらでもないようね…」
「もう、お姉ちゃんったら〜」
「そうですよ。それにそんな無駄話しているよりも、野盗のアジトに向かわなければ…」
 これ以上カオリに煽り立てられないようにと、ユリアンは話題を本来の目的に修正した。
「それもそうね。シオリ、逃げて来たシオリにあんまり聞きたくはないけど、野盗のアジトの場所を教えてくれないかしら?」
 辛い思いをしたシオリに訊ねたくはないが、自分の大切な妹を拉致した野盗を野放しには出来ないと、カオリは申し訳なさそうにシオリに訊ねた。
「うん。野盗のアジトは…」
 一度は逃げ出したものの、ユリアンの気持ちに動かされ、シオリの心に野盗と闘う意志が芽生えたのだった。



「で?何であなたまで付いて来る訳?」
「いや、何と言うか、女子供がこれから野盗と闘おうって時に大の男が逃げ出したとあっちゃ大恥だと思ってな」
 野盗の巣窟へ向かおうとするシオリ、カオリ、ユリアンの三人に加えポプランが付いて来たことに、カオリはツッコミを入れる感じに訊ねた。
「まったく、あなたを見ているとどっかの誰かを思い出すわ」
 陽気で軽い感じのポプランの姿に、カオリは幼馴染みであるジュンの姿を重ね合わせていた。
 サユリ様のプリンセスガードになるといって育った村を後にしたジュン。別に恋人などという意識は持っていない。しかし、今まで毎日の様に顔を合わせていた仲だけに、一週間以上も顔を合わせていないというのは、カオリにとって心の何処かに穴が空いた感じであった。
「…皆さん、何か人の話し声みたいなのが聞こえませんか…?」
 ユリアンの一言に、他の三人は足を休め、耳の神経を辺りに集中させた。
「…ええ…。確かに聞こえるわ…」
「…ひょっとして、他の野盗が戻って来たのかしら…」
「…いーや、この声は女の声だ…。しかもかなり上物の……」
「…よくそんな事まで分かるわね…」
 辺りに微かに木霊する声から女の声だと判断したポプランに、カオリは呆れるばかりだった。
「ともかくもう少し近付いてみましょう」
 ユリアンの提案に三人とも頷き、声の方角にゆっくりと相手に感付かれないように近付いて行った。
「何者っ…!?」
 シオリ達の近付く音に反応した声の主の一人が、一向に向けて身構えた。
「はぇ?あなた方は…」
「サユリ様!?どうしてこんな所に…」
 声の主はシオリ達と同じように野盗のアジトを捜索していたサユリとマイであった。サユリ達もシオリ達も思いもがけない再会にただ驚きの声をあげるばかりだった。
「私達はスタンレー近辺で活動している野盗を討伐する為に、野盗のアジトを捜索しているんです。サユリ様達は?」
「はい。サユリ達もカオリさん達と同じく野盗のアジトを捜索しているんです」
「どうしてサユリ様がそんな事を為さっているのっ!?」
 プリンセスガードをしているジュンがサユリ様の側にいない、ならジュンはプリンセスガードを解任させられたのか、それとも……。
 サユリが野盗のアジトを捜索しているという事よりも、カオリにとってはジュンの存在の方が気掛かりであった。だが、その気持ちを必死に抑え、まずはサユリが野盗のアジトを捜索している理由を聞き出そうとしたのだった。
「はい。それに関しては長い話になるのですが…」
 カオリとジュンが仲の良い関係であることを多少なりとも知っていたサユリは、カオリの反応を伺いながらも、ここに至るまでの一部始終を完結に話し始めた。
「そう…船がモンスターに襲われた時一緒に海に飛び込んでその後…」
「はい…。サユリは助かりましたけどジュンさんの行方は分からないままです…。申し訳ありません…サユリがもっとしっかりしていれば…」
「サユリ様が謝る必要はないわ。船がモンスターに襲われたのは不慮の事故なんだし。それにサユリ様がこうして無事だって事は、ジュン君はちゃんと任務を遂行したって事だから。
 ジュン君は大丈夫よ。ジュン君のことだから助かってどこかに元気な顔している筈よ。そう、あのジュン君に限って…」
 冷静を装うと思っていたカオリであったが、ジュンの安否が不明な事に少なからず動揺を覚え、その声はよそよそしくか弱い声だった。
 今の今までは例え一週間以上顔を合わせていないとしても、新無憂宮ノイエ・サンスーシーへ赴けばいつでも会えるという安心感があった。しかし安否が分からないという今となっては、いつでも会えるという安心感は一片の欠片も存在せず、ただただ不安な心しか存在しなかった。
「そんな事よりも、サユリ様と私達の目的が一致しているんだから、早く野盗のアジトを目指さなきゃ!」
「うん…」
 カオリがジュンの安否に対する不安感を必死に隠そうとしているのが、妹のカオリには痛い程理解出来た。だからこそシオリは姉の気持ちを理解し、以降ジュンの話題を出さぬ様配慮し、野盗のアジトへ向かって行ったのであった。



「えっ……!?」
 再び野盗の巣窟へと向かったシオリは、その場所に着き言葉を失った。その場には既にアジトの面影はなく、崩れた岩に埋もれた洞窟とその岩に押し潰された野盗と思わしき者共の屍しか見当たらなかった。
「これは酷いわね…。地震か何かで洞窟が崩壊したのかしら?でもここに向かうまでに揺れは感じなかったわね…」
「そんな…私そんなつもりじゃ…」
「どうしたの?シオリ…」
 凄惨な現場を目の当りにしたシオリの様子が明らかにおかしいことに、カオリは思いやる様にシオリに声をかけた。
「お姉ちゃん…。私、人を…人を…あああああ〜〜!」
 全身の力が一気に抜けた様にシオリは地面にひざまずき、そして金切り声をあげて泣き出した。
「シオリ!本当にどうしたの!?泣いてばかりじゃ何も分からないわよ!」
「カオリ姉さん、俺が代わりに話すぜ…」
 声を枯らす様に泣くシオリに痛ましさを覚え、ポプランは野盗の巣窟から逃げ出して来た時の状況を克明に語り出した。
「…それで俺等が野盗共に回り囲まれた時、シオリちゃんの術で何とか逃げ切れたんだ。だが、恐らくその術の威力が周囲の岩盤に衝撃をもたらし、野盗のアジトを崩壊させたんだろう」
「私、こんなつもりで術を唱えたんじゃないです!野盗達に囲まれてどうしても逃げなきゃ逃げなきゃって思って、それで必死になって術を唱えて…。
 でも、でもその術のせいで野盗の人達がみんな…わああああ〜!」
「シオリ!落ち着きなさい!!あなたは何も悪い事はしてないわ。悪いのはあなたを拉致した野盗共よ!シオリはその野盗共から逃れようとしただけなんだから!
 いい?シオリの行為はれっきとした正当防衛なのよ。だからシオリが泣く必要も謝る必要もないのよ…」
「でも、でもお姉ちゃん!私が人を殺した事には何の変わりもないよ!!」
 間接的とはいえ多くの野盗を殺してしまった事に、シオリは慟哭した。それはシオリの過剰ともいえる優しさから溢れ出た涙であった。
 相手は周辺を荒らし多くの人々を困らせた悪党だ。だからこれは天罰なのだ。その場にいる皆はそう状況を整理しようと思ったが、シオリの止まる事のない涙に何ともいえない複雑な気分を抱いたのだった。



「……」
 泣き止んだものの、シオリは未だ不安定な精神状態であった。涙が枯れるまで泣き切ったと思えば、それから放心状態となり、シオリは一言も語ろうとはしなかった。
「もしかしたならまだ中に閉じ込められている方がいるかもしれませんが、今のサユリ達ではどうにもなりません。
 サユリはこれからスタンレーに戻って、事の一部始終を黒色槍騎兵シュワルツ・ランツェンレイターの方々に伝えます。後はあの方々が何とかしてくれるでしょうから」
 サユリは事後処理を黒色槍騎兵シュワルツ・ランツェンレイターに任せる事を提案し、他の皆もそれに賛同した。
「分かったわ、サユリ様。シオリの事は姉の私が何とかしますから」
「申し訳ありません。ジュンさんのこともありますのに、サユリは何の力にもなれなくて…」
「いいのよ。それよりもサユリ様は一度新無憂宮ノイエ・サンスーシーに戻ってラインハルト様を安心させた方がいいと思うわ。男女の違いはあるけど、妹を想う気持ちは同じだと思うから…」
「ええ。ですが、マイが新無憂宮ノイエ・サンスーシーに戻る許可が降りるまでサユリはお兄様の元に戻るつもりはありません。カオリさんの仰ることは充分理解しております。けど、サユリには親友を放っておいて一人だけで戻るなんてことは出来ません!」
「サユリ…」
 マイはサユリが身分も立場も違う自分を親友と公然に語ってくれたことを嬉しく思った。そのサユリの自分を想う気持ちは無駄には出来ない。だが、サユリがそれだけ自分を想っていてくれるからこそ、マイ自身サユリに戻って欲しいと思っていた。
(とりあえずスタンレーに戻ってから…)
 マイはこの場ではサユリの意向に任せ、この先どうするかはスタンレーについてから考える事にした。
「では皆様方、機会があればまたお会い致しましょう!」
 こうしてサユリとマイは事の一部始終を伝える為、再びスタンレーへと向かって行ったのだった。
「さてと。俺もそろそろ退散するとするか…。じゃあな、お姫さんじゃないけど機会があればまたどっかで会おうぜ!」
 シオリの事は姉のカオリ、それにユリアンに任せればいいと判断したポプランも、サユリ達の後を追う様に何処かへと立って行った。
「私はこれからランスへ向かうわ。貴方はどうするの、ユリアン?」
「当然、お二人に付いて行きます。元々僕の目的地はランスですし、それにシオリをこのまま放って置けないし」
「頼りにしているわ…。私自身ジュン君の事もあるし、どこまでシオリの心を癒せられるか分からないから……」
 自分以上の精神的負荷に苛まされているシオリの心を癒したい。そう思うカオリであったが、自身ジュンの安否が不明な事に少なからず精神的負荷を感じていた。それ故カオリは、シオリの心の癒しをユリアンに頼らざるを得なかった。
 こうして後味の悪さを残したまま、三人はランスへと向かって行ったのだった。


…To Be Continued


※後書き

 前回バトル、バトルの連続になるとか書いておきながら、それらしい描写は前半だけでしたね…(苦笑)。まあ、次回は今回書き切れなかった、「氷湖のモンスターを倒す」を中心に描きますので、今度こそバトル中心になることでしょう。
 さて、今回のシオリの描写についてですが、この辺りはシオリの存在を強調させる意味で書きました。この作品は話の主軸となるメインキャラは全部で八人ですが、その中で敢えて主役は誰かと問えばそれはシオリだと思いますので。
 また、シオリが人を間接的に殺してしまった事を悔やむ描写は、鍵キャラには人殺しをあまりさせたくない(柳也除く)という思いがありますね。そういう思いがあったからこそ今回のような描写をしました。逆に銀英伝キャラは躊躇いなく人を殺すのですがね。
 それと今回ようやく登場したポプランですが、何だか『うる星やつら』の諸星みたいですね(笑)。まあ、声優が同じなので多少諸星が入っていても声優ネタということで…(爆)。
 ちなみにポプランはこの後も再登場する予定です。銀英伝原作では結構ユリアンといい仲のキャラでしたので、再登場の際はユリアンと行動したりするかと思います。

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